「自己肯定感」の正体

自己肯定感の正体 心の仕組み

今や誰もが知る「自己肯定感」という言葉。シンプルに言うと「自分で自分を肯定(OK)する」「そのままの自分を受容する」という意味ですね。

私がこの言葉を知ったのは、今から15、6年ほど前のこと。娘が保育園に通っていた頃に、たまたま手にした「子育てハッピーアドバイス」という本で知りました。

子育て中の保護者に向けた「どう向き合えば、子どもはすくすくと自立に向かうのか」がテーマの本。そこには、「私自身が子どもの頃にしてほしかったこと、渇望していたこと」が全て書かれていて、当時は読みながら涙が止まらなくなりました。

↑こちら、シリーズ化されています。イラストと漫画でとても読みやすくお勧め。 (※アフィリエイト、私はやってません)

「自己肯定感」とは、「I am OK」という感

「自己肯定感」は、その名の通り、「感」です。
何となくそういう感じ、そんな気がする、という「感」なので、実体はありません。その実体のないものを(私が腑に落ちた感覚で)図で表すと、こんな感じになります。↓


「I am」と「I have」に分けてとらえ、「I am OK」という感覚が自己肯定感


まずは、人間の存在そのもの(I am)持っているもの(I have)に分けていただきたいのです。身につけてきた知識や資格や経験だけでなく、性格や好き嫌いの気持ち、容姿や性別、考え方や名前に至るまで、それら全てを「自分という存在」が持っている要素(I have)という風にとらえます。具体的に挙げると、

  • 「自分という存在」が、○○という経験を持っている
  • 「自分という存在」が、○○という実績(成果)を持っている
  • 「自分という存在」が、○○という性格を持っている
  • 「自分という存在」が、○○という気持ちを持っている
  • 「自分という存在」が、○○という考えを持っている
  • 「自分という存在」が、○○という名前を持っている

といった感じでとらえます。

その上で、持っているもの(I have)に関わらず、つまり何が出来るとか出来ないに関わらず、何の条件も根拠もなくただ自分の存在そのものを「OK」「大丈夫」 「かけがえがない」と思える感覚……「I am OK、という感」それが「自己肯定感」です。


以前お世話になった椎名雄一先生は、この二つを「ドラえもん」と「ドラえもんのポケット」という言葉で喩えていらっしゃいました。「I am OK、という感」とは、もしドラえもんがポケットを失くしても「ボクはこれでいい、ポケットがなくてもOK」と思える感覚です。そしてきっとのび太くんも、「ポケットなんか無くたって、ドラえもんがいてくれたらそれでいいよ。」と言いますよね。

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とてもわかりやすく、素敵な表現で好きです。

「自己肯定感を上げよう!」は、実は危険

前述の「子育てハッピーアドバイス」でも触れていますが、日本では自己肯定感の低さが問題視されています。

※内閣府【令和元年版 子供・若者白書】より (調査対象は、各国満13歳~満29歳男女)

↑  こちらの調査報告書を見ても、日本はかなり低いことがわかります。
すると「どうすれば自己肯定感が上がるのか?」「上げるために何をすればいいか?」という視点になり、

  • ボランティア活動がいい
  • 様々な年代の人と関わり、絆を深めるのが大切
  • いろんな経験をして、役に立つという感覚を持つこと
  • 成功体験を積む

といった意見が多く出てきます。(上記の報告書にもあり)

これらが間違いだと言うつもりはないのですが、実は逆効果になる確率が高いのです。なぜなら「自己肯定感」を上げるために何かを頑張ることは、ほとんどの場合「I have」を頑張ることになるからです。
知識を身につけたり経験を積むこと自体は大切なことですが、自己肯定感を上げる目的で『それ』をすると、

  • 『それ』があるから、自分はOK
  • 『それ』を持っている自分は、大丈夫
  • 『それ』故に、自分はかけがえのない存在だ

という「感」になりやすく、人間の存在そのもの(I am)持っているもの(I have)がますます一体化してしまうのです。『それ』という条件付きの肯定、になってしまうんですね。


「存在」と「持っているもの」が、ますます一体化してしまう=条件付きの肯定になってしまう
「自己肯定感」を上げるために何かを頑張る =「I have」を頑張る

条件付きの肯定は、簡単に崩れる

条件付きの肯定は『それ』という根拠の元に成り立っているので、その根拠が無くなると簡単に崩れてしまいます。頑張って身につけたスキルや資格が、環境が変わって一切通用しなくなるなんてことは普通に起こりますよね。

華々しい活躍をした著名人が(わかっているのに)薬物に手を出してしまったというケースを見ても、条件付きの肯定がいかに危ういかがわかります。

「ヒット曲を生み出している自分は、OK」
「アスリートとして栄光をつかんだ自分は、OK」

など、『それ』があるから自分を肯定できるという見せかけの「感」では、引退後やヒット曲を出せなくなったとき、つまり『それ』が無くなったときに自分自身を支えられなくなってしまうのです。

条件付きや根拠のある自己肯定感は、それが無くなったとき崩れる
条件付きの自己肯定感は、それが無くなったとき簡単に崩れる

「自己肯定感」に、エビデンスは要らない

「自分で自分を肯定(OK)する」「そのままの自分を受容する」のに、根拠も条件も必要ありません。人の「存在そのもの」には、エビデンスなど要らないのです。

どうしてもそう思えない…という場合は、この世に生を受けたばかりの赤ちゃんをイメージしてみるといいと思います。たとえ何かを成し遂げた偉人であっても、たとえ虐殺を行った人であっても、全ての存在が元々は純粋無垢でかけがえのないもの…という感覚を思い出せるのではないでしょうか。

自己肯定感:「存在」そのものに、OK
自己肯定感:「存在」そのものにOKすること

「じゃあ、自己肯定感が低い自分はどうすればいいの?」については、次回に。

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